青森県弁護士会の犯罪被害者センターの行事の、犯罪被害者支援勉強会がありました。
今回は、桶川ストーカー殺人事件の被害者である詩織さんのお父様の猪野憲一先生(※1)と、猪野先生の支援にあたってこられた弁護士の横山佳純先生を講師にお招きしました。
(※1 講師の先生という意味で先生という敬称を選択しました。)
桶川ストーカー殺人事件は、桶川駅前で殺人事件が発生したのでこう呼ばれています。
しかし、猪野さんのお宅は上尾市内にあったし、殺人事件が起こる前のストーカー被害の申告に全く取り合わなかったのも上尾警察署だし、告訴状を被害届に改竄する等(※2)の隠蔽工作をしたのも上尾警察署だし、それで懲戒免職を3人出したのも上尾警察署なので、これを「桶川」の事件のように呼んでしまうと桶川の方々に申し訳ない上、殺人事件であるだけではなく上尾警察署による不祥事でもあるという点が伝わりづらいのではないかとも感じます。
(※2 ストーカーに中傷ビラを配布されたことで告訴があったものの、捜査をしたくないために「告訴」を抹消線で「届出」に改竄して放置した。そのことは書面を見れば一目瞭然なのに、殺人事件が起きてしまった後の記者会見で「被害届を被害者から受理しています」旨の答弁をした。)
この事件がきっかけで、ストーカー規制法が制定されたのでした。法律の成立日は被害者の詩織さんの誕生日でした。
ぼくは当時大学2年生で、上尾市の実家から大学に通っていましたが、それほど詳しく事件のことを知っているわけではありませんでした。
そこで、今回、この事件の真相をスクープした清水潔さんの「桶川ストーカー殺人事件―遺言―」(新潮社,2008)を読んで予習をしました。
勉強会の日に、この本のことを猪野先生に伺ってみたところ、 清水さんとは信頼関係があるし、この本にかかれていることは合っているとのことでした。
この本は、事件自体のことを知るにも、執念で真相を暴いていく記者の仕事を知るにも、それ以外のマスコミが面白おかしく事件を取り上げて被害者を傷つけていった様子を知るにもおすすめです。
講義の中にたくさんの内容がありました。本に書かれているような事実経過も、ご本人から聞くことで胸に迫ってきます。色々な人から受けた対応の猪野先生による再現もありました。
そういった中から、本に書かれていないことを中心に、印象に残ったことをいくつか記しておこうと思います。
◯ 中傷ビラの実物
殺人事件が起こる前に撒かれた中傷ビラの実物を拝見することができました。
清水・前掲に次のように紹介されているものです。
黄色いバックに詩織さんの写真が三枚レイアウトされているのだが、その上部には”WANTED””天にかわっておしおきよ!!”などと愚にもつかない見出しがついており、下には彼女の氏名や誹謗中傷のセリフまで並べたてられている。
カラー印刷の発色もよく、素人が見ても手の込んだものと分かる。こんなビラを、しかも大量に作って一斉にばら撒いたというのだからこのストーカーの気合は半端ではない。(清水・前掲462/4666)
ビラは詩織さんが通う新座の大学近辺や駅構内、そして父親が勤める会社の付近にまでばら撒かれていた。(清水・前掲916/4666)
私たちは後に殺人事件に発展したことを知っている、ということは割り引かなければなりませんが、チラシの手の込み方と撒かれた範囲の広さから、御本人方の恐怖が偲ばれるとともに、中傷ビラに関する申告だけでも(※3)ただ事ではないということは分かったのではないかということを感じました。
(※3 実際は、中傷ビラが撒かれる前に、ストーカーの異常な会話内容の録音テープが上尾警察署に提供されていた。)
◯ 猪野先生「被害者を蔑視しないで気軽に対応してください」
弁護士への要望の中に出てきた言葉です。
「被害者を蔑視しないで」のところは理解しやすいと思うのですが、「気軽に対応してください」のところが難しい言葉と感じました。被害に遭った方に気軽にしてはいけないとも思えるところ、私たちはその逆を要望されているのです。
そこで、このニュアンスについてお尋ねしたところ、猪野先生は、被害者である詩織さんのことを聞きたいときに、聞いてよいと思うのであれば、変に回りくどく話すのではなく、普通に聞いてほしい、というものを挙げられました。
これは、形だけ気を遣ったようにしないでほしい、ということではないでしょうか。
詩織さんのことを聞きたくて近づいて来た人が、口だけ配慮したり、過剰に配慮したりして、回りくどい聞き方になる。結果、かえって傷つく。こういうことはありそうな気がします。
難しいことですが、やはり言葉どおりの「気軽に」するわけにはいかないと思うので、被害に遭われた方に気を遣わせることがないように、「気を遣ってますよ」とならない形で気を遣う、そういうことが求められているのではないか、と考えました。
◯ 猪野先生の弁護士を信頼するようになったきっかけ
メディア・スクラムに困っていた際、新聞で見た被害者の支援をする弁護士(この先生が横山佳純先生の後のボス)に相談したところ(電話で、という話だったと思うのですが、メモし損ねてしまいました)、これこれのことを書いた紙を貼り出しなさい、という助言を得た。それをしたところ、本当にメディア・スクラムが和らいだ。それで(警察は何もしてくれないが)弁護士は助けてくれるのだとわかった、ということだったそうです。
◯ 横山先生の「私怒っちゃって」
横山先生のご講義は、制度や運用の内容と、被害者支援の実践例のお話でした。
色々な関係者の対応や制度に不備なところがあって、申し入れをしたり工夫をしたりして、少しづつ改善をしてきた、というお話の中で頻出したのが、「私怒っちゃって」というフレーズだったのです。
仕事をしていて、怒ること、これはひどいな、酷だよ、なんとかならないのか、と思うことがあっても、反面、でも仕方ないのかな、と思う自分もいるのが実際のところではないでしょうか。
横山先生は、そうではなく、ちゃんと「怒っちゃって」、対応を改めさせたり、ノウハウを確立したりしてこられたということで、そこが何よりすごいと思いました。
ただ怒りっぽいだけでは改善にはつながらないので、「ちゃんと」怒っちゃうところが大事なのだと思います。
また、弁護士は関係者に対して何らの権力もないけれど、それでもまずはやってみることで被害者の方に力になり、実際に対応してもらえることも少なくないとのことでした。
ちゃんと怒ってちゃんと変えてこられた先輩のお話で、自分の士気も少し上がったのを感じました。
このほかにも、ここには書ききれないくらいたくさんの学びがありました。
本や教材での勉強に適する知識もあると思いますが、今回の研修のように、実際に被害に遭われた方や実際に支援に取り組んでこられた方が目の前にいるということから得られるものは大きいと思います。
そんな講師の先生にこの冬に関東から青森までお越しいただけただけでも大変なことです。
また、猪野先生は、今回の講義の準備をされていて、詩織さんのことを思い出して辛くなってしまうこともあったそうです。
それでもこうして講義をしてくださったのですから、成果を生かしていかなければならないと思います。
猪野先生横山先生ありがとうございました。