法テラスの代理援助の償還金についての判決が,裁判所のサイトで公表されました。
神戸地方裁判所平成30年10月19日判決(平成28年(ワ)第1770号・2481号
神戸新聞が
「弁護士費用返還は「違憲」 法テラスを提訴 神戸」
「法テラスが一部敗訴 生活保護費取り戻す訴訟費用の返還請求で」
と報じていた事件です。
簡単にいうと,生活保護受給中の方が,生活保護費の過少支給分を,法テラス制度を利用して弁護士に依頼して,国家賠償として回収したときに,法テラスが立て替えている弁護士費用を回収金から返すことになるか(ならない),という判決です。
私は部署が全く違うので,案件には関与していませんし,報道と判決文を超えた事情は知らないのですが,法テラスの代理援助制度の説明をするのによい題材だと思うので,ここで説明を試みました。
説明は,お客さんに分かりやすいことを重視し,「私なりに分かりやすく説明すると」です。
黒板の字はパソコン上で書いているのでいつにも増してヘニョヘニョしています。(H30.11)
生活保護の方の償還猶予・償還免除一般についての説明を作りました。→「生活保護を受けてるとタダなんですよね?」
法テラス制度の中に,弁護士費用を用立てるのが困難な方に法テラスが費用を立て替えるという制度があります(代理援助)。
お客さんは,今すぐ一度に弁護士費用を用立てられなくても弁護士に依頼することができます。
弁護士は,弁護士費用を後払いにしてあげる必要がなく,事件の処理に着手できます。
弁護士費用の額は,基準に従って,法テラスの審査会が決めます。
立て替えなので,返済があります(償還といいます)。
返済方法は,お客さんの家計状況などを考慮して,法テラスの審査会が決めます。
月5000円程度を指示されることが多い実感です。
事件で相手方からお金を取れたときは,そこから残金を返済していただかなければならないというルールがあります(業務方法書(PDF)第60条第1項)。
第60条第1項 被援助者は、事件により相手方等から金銭等を得ているときは、 当該金銭等から支払うべき報酬金の額を差し引いた残額について、立替金 の額に満つるまで、立替金の償還に充てなければならない。
業務方法書というのは,独立行政法人である法テラスは法務大臣の認可した方法書のとおりに業務を行わなければならないというものです。そのため,お客さんだけでなく法テラスもこのルールに縛られることになります。
法テラスは,取れたお金から返済に回していただく額を下げることができます。
ただし,特別の事情がなければ,それは4分の1までしか下げられない(=少なくとも4分の1は返済に回していただかなければならない)という制限が付いています。
第60条第2項 地方事務所長は、前項の規定にかかわらず、当該被援助者に即時に立替金の全額の償還を求めることが相当でない事情があると認めるときは、当該償還に充てるべき金額を適宜減額することができる。ただし、扶養料、医療費その他やむを得ない支出を要するなど特別の事情のない限り、当該償還に充てるべき金額は、被援助者が事件の相手方等から得た金銭等の額の100分の25を下回ることはできない。
相手からお金を取れなかった場合や,取れたお金から返済しきれなかった場合は,返済が続くのが原則です。
ただし,お客さんが生活保護を受けている場合などは,法テラスが免除することができるルールがあります。
私が取り扱った事件で,この免除申請が認められなかったということは記憶にありません。
第59条の3 地方事務所長は、被援助者から、立替金の償還の免除を求める申請を受けた場合において、被援助者が次の各号に掲げる要件のいずれかに該当すると認めるときは、理事長の承認を得て、終結決定において、立替金の全部又は一部の償還の免除を定めることができる。ただし、被援助者が相手方等から金銭等を得、又は得る見込みがあるときは、当該金銭等の価額の100分の25に相当する金額については、扶養料、医療費その他やむを得ない支出を要するなど特別の事情のない限り、その償還の免除を定めることができない。
一 生活保護法による保護を受けているとき。
二 前号に該当する者に準ずる程度に生計が困難であり、かつ、将来にわたってその資力を回復する見込みに乏しいと認められるとき。
ここまでに説明してきた仕組みについて,法テラスは,平成25年度に会計検査院に「立替金の早期かつ確実な償還が行われるよう改善」させられたりしたため,きちんと返済していただかなければならない立場に置かれています。
そうした背景の中,今回の事件が起きました。
今回,もともとの事件は,生活保護受給中のお客さん(ご夫婦)が,生活保護費の過少支給があったので,弁護士に依頼して,自治体に対して賠償請求をした(過少支給額と慰謝料)という事件だったようです。
法テラス制度の利用で依頼を受けた契約弁護士の先生は,控訴審まで行って無事勝訴し,被告自治体から,過少支給額の全部とその遅延損害金,そして慰謝料とその遅延損害金を取りました(計74万3682円)。
立て替え額は,2人×第一審+控訴審で,合わせて44万3650円となっていました。
通常は,ここに成功報酬が加算されますが,今回の契約弁護士の先生は成功報酬はいらないというご意向だったため,成功報酬は発生しなかったとのことです。
法テラスは,取れたお金から返済に回していただく額を4分の1にする決定をし(計18万5921円),残る返済分について免除を希望する場合は申請して下さい,ということを言いました。
これに対して,お客さんが,生活保護費の過少支給分の補填としてのお金なのにそこから4分の1を返済にあてる,という点を不服として争ったということです。
免除申請は通ることが多いので,仮に免除を前提にすると,実質的な違いは次のようになります。
取れたお金のうちの4分の1 (18万5921円) |
取れたお金のうちの4分の3 (55万7761円) |
未返済の立替金 |
|
お客さんの立場 | お客さんが受け取る | お客さんが受け取る | 免除(44万3650円) |
法テラスの立場 | 返済に回していただく |
免除(25万7729円) |
過少支給とそれに関する裁判で苦労されてきた生活保護受給の状態の方にとって,18万5921円という金額は大きな違いのはずです。
他方で,返済を重視するのであれば,お客さんは少なくとも55万7761円は受け取れるので,例外の例外である「特別な事情」があるとまでは言えないのではないか,という立場も考えられるところです。
裁判所の結論をいうと,次のようになりました。
取れたお金 |
4分の1を返済に あてていただく場合 |
||
生活保護費の 過少支給分 (+遅延損害金) |
52万3710円 |
返済にあてていただくことが できない |
|
慰謝料分 (+遅延損害金) |
21万9972円 |
返済にあてていただくことが できる |
4分の1の 5万4994円は 返済に回る |
裁判所の判断の理由ですが,整理すると,次のようになると思います。
◯ お金が用立てられない方にも法律サービスを届けるための制度なのに,生活保護費を得られたときに常にそこから返済しなければならないとすると,結局健康で文化的な最低限度の生活を維持することができないので,本末転倒になってしまう。
憲法25条1項,生活保護法及び総合法律支援法の前記各規定及びその趣旨からすれば,民事法律扶助事業は,資力の乏しい国民等にもあまねく弁護士等の隣接法律専門職者のサービスをより身近に受けられるようにするための総合的な支援をするための事業であるから,被援助者が,保護費を受給できない等のために健康で文化的な最低限度の生活を維持することができない者であり,民事法律扶助事業による援助の結果,当該保護費ないしその不足額を取得することができた場合において,被告が当該保護費ないしその不足分の償還を求めることが常に可能であるとすると,結局健康で文化的な最低限度の生活を維持することができない事態になり,本末転倒といわなければならない。
◯ 取れたお金が実質的な生活保護費の場合は,原則として,全額を返済にあてていただくルールの例外の例外である,返済にあてていただく額を4分の1より下げることができる場合にあたる。
業務方法書60条1項にいう相手方等から得た金銭が,当該金銭が支払われることとなった経緯ないし理由及びその名目を総合考慮して,生活保護利用者に支払われるべきであった保護費と同趣旨の金銭(以下「実質的保護費」という。)といえる場合には,特段の事情がない限り,同条2項本文の「当該被援助者に即時に立替金の全額の償還を求めることが相当でない事情」があり,かつ,当該金銭について,同項ただし書の「扶養料,医療費その他やむを得ない支出を要するなど特別の事情」があると認めるのが相当である。
◯ 取れたお金のうち,生活保護費の過少支給分(とその遅延損害金)は実質的な生活保護費にあたる。
以上の経緯ないし理由及び金銭の名目を総合考慮すると,本件受領金銭のうち,「A:保護不足額」及び「B:Aの遅延損害金」は,生活保護利用者に支払われるべきであった保護費と同趣旨の金銭であり,実質的保護費に当たるということができる一方,「C:慰謝料分」及び「D:Cの遅延損害金」は,実質的保護費に当たるということはできないというべきである。
◯ そのため,生活保護費の過少支給分(と遅延損害金)は,返済にあてていただくことができない。
本件受領金銭のうち,「A:保護不足額」及び「B:Aの遅延損害金」については,業務方法書60条2項本文の「当該被援助者に即時に立替金の全額の償還を求めることが相当でない事情」があり,かつ,当該金銭について,同項ただし書の「扶養料,医療費その他やむを得ない支出を要するなど特別の事情」があると認められる。
そうすると,これらの部分については,償還の対象とすることはできないと解される。
私は,最初に読んだときに,「返済にあてていただく額を4分の1より下げることができる」場合にあたる,ということから「返済にあてていただくことができない」ことは直接出てこないのではないかと思いました(できるからといってしなければならないとは限らないから)。
しかし,ここは,実質的な生活保護費から返済していただくと制度が本末転倒になってしまうことが前提なので,本末転倒になってはならない以上当然0に下げるべきであって(=償還の対象とすることはできない),4分の1より下げることができる場合にあたるのも当然なのだ,という意味なのだろうと考えています。
(お客さんのご主張についての解説を追加するかもしれません)